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75年目の夏

2020.08.16

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第2次世界大戦 終戦から75年

暑い日が続いています。昨日は、先の大戦の終戦の日から75年目の全国戦没者追悼式が挙行されました。

総務省の人口推計によると、戦後生まれの人口が戦前生まれの人口を上回ったのは76年。2014年には8割を超え、幸せなことに、日本では戦争を知らない世代が3世代に。戦争は「記憶」から「歴史」への変わりつつあると日経新聞。体験者の高齢化も進む中、戦争の惨禍を次代に伝えていく取り組みが重要になっています。

私の母方の祖父はシベリア抑留の経験者ですが、戦争の「記憶」は何も話さず他界しました。私は、2008年から小学校で戦争体験者に体験を語っていただく活動を続けていますが、多くの方の体験を文章化する作業では、「記憶」の重さにお話を拒まれる方もありました。60年以上が過ぎていてもです。私の母や父の体験も聴きました。戦中派として青春時代を過ごした方々の経験は一つとして同じものはありません。体験者の数だけ戦争体験あり。「戦争」は一括りに語ることはできません。

さて、疎開の経験をした人、日本の多くの都市が焦土と化した空襲を経験した人、予科練に志願した人、当時7歳という年齢で着の身着のまま満州から引き揚げてきた人、日中戦争で中国で従軍した方のお話も書き留めましたが、共通しているのは「空腹」や「言論統制」の中を生き延びる苦労です。私の活動の中では、原爆や沖縄戦の経験者はおられませんでしたが、空襲を受け焼け野原を彷徨った時、死体を見ても悲しみを感じず人としての感情を失っていたとお話しされていたのが印象的でした。

戦後75年。すでに小学生の祖父母も戦争を知らない世代となりました。しかし、その体験を風化させるわけにはいきません。
「記憶」から「歴史」に変わりつつある先人の体験をどう伝えていくのか。私たちの課題です。私たちは体験から何を学ぶべきか。なぜ、あのようなことが起きたのか。戦争を回避する手立てはあったのか。連綿と繋がる「歴史」のいつ、どこに、どんな転換点があったのか…。問い続けることで、現在の混沌とした世界の無秩序に呑み込まれることなく国際社会を生きる術も見えてくるでしょう。

♥戦争は繰り返してはいけません。
協調と主張のバランスを保ち賢く生きていくために大戦を風化させない。
強い決意を新たに、先人のご苦労に感謝と、英霊の御霊に黙祷