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子どもを育てる環境一考

2014.03.21

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遺棄容疑 シッター逮捕

 本県富士見市のマンションの1室で預けられていた男児の遺体が見つかったというなんとも痛ましい事件について。

 この事件、「あり得ない」と捉えるか、「あり得る」と捉えるか。皆さまはどうお感じになりましたか。

 私はこの事件が報道された時は「あり得ない」と感じました。何故なら、まず、マッチングサイトなるインターネットサイトを通じて子どもを預けるということがすでに広く利用されているという現実に驚きを禁じ得ませんでした。
 たまたまトラブルなく利用したケースでは「無料で条件を絞り込めるサイトはありがたかった。サイトを利用するなら登録業者を見極める目が大事」「マッチングで相性などを確認している」と、預ける側の選球眼(自分の判断)の問題だという意見もあるようですが、ネット販売の粗悪品の見極めならいざ知らず、受け入れがたい感覚です。

 生まれた時からネット社会で過ごしてきた若者と、時代の遺物のような私とでは発想そのものが違うと言えばそこまでのことですが、しかし、そこまでして子どもを預けなければ働けない=生きていけない世の中自体を認めていいのかと、私は感じます。

 子どもたちをこのような悲しく不幸な事件に巻き込まないために何が必要なのか。待機児童問題で親のネットワークの代表を務める女性の、「訓練されていない他人に預けるのは危険だが、多くの需要がある以上、国が統一的な基準を設けるべきだ」との指摘が新聞に紹介されていましたが、そのような観点で法律を作るということは現在の親の働き方をまずは容認するのが前提ですよね。でもね、今のような働く若い人たちに過重な負担を負わせる今の親の働き方や子どもの環境を見直すことも検討が必要な気がするのですよね。そこからもう一度考えないといけない問題もあるように思うのですよね。

 国が法律を整備した頃には、さらにその範囲を超えた”無法”状態が生まれているでしょう。私たちの社会は法律の規制の先を行く事象にどこまで対応できるのか。
 同日の新聞に、政府の会議で「扶養控除の温存は女性の就労の阻害要因」として見直しの提起がある旨の記事がありました。確かに税制の時代性は見直しが必要かもしれません。しかし、今回の痛ましい事件と重ね合わせたとき、様々な制度の改正の折りに、専門家には、是非、「”子どもが育つ環境”への影響」についても忘れず議論していただきたい。

 世の中は、経済性や効率性追求型の人間だけで成り立っているのではありません。女性の社会進出とは別次元で、「母性」が守られる世の中であってほしいと思います。