記事一覧

議会報告の反応より 人口減少社会

2013.05.09

アイコン

人口減少社会に

 3月議会の報告を読んでくださった方から以下のようなご意見をいただきました。

 「報告書に載っていた3月に出された厚労省国立社会保障・人口問題研究所の全国都道府県の2040年人口推計の数値について、自分でも調べ直してみたら埼玉県の中でも幸手市は断トツに減少率が高い。今の人口比66.5%の人口になるとの推計。スカイツリーに1時間で行ける幸手市が秋田や青森と同じ減少率であるとは。市の見解は如何に?危機意識は共有できているのか」、と。

 確かに、会派のチラシでも私の報告会でも取りあげましたが、近隣の市町で幸手市ほど人口減少が見込まれるまちはありません。お隣の杉戸町が現在比80.8%、埼玉県で一番小さな市の白岡市でも89.8%の下げ止まりと推測されるなか、この人口減少にどう対処していくのか。市はどのような分析をしているのかと心配になりますね。

 5月の中旬以降は次の6月議会に向けて準備をしていく時期にあり、いろいろな情報収集を進めるとともに、皆さまからのご意見を参考に、考えを詰めて行きたいと考えています。他にもいろいろな方からご意見をいただいています。皆さまには貴重なご意見を、本当にありがとうございます。

 

新しい時代

2013.05.08

アイコン

オープンデータ

 昨日の日経新聞夕刊から

 日経新聞の夕刊は結構面白い記事が載っています。昨日は「オープンデータで街づくり」と題して、これから訪れる新しい情報社会の到来を伝えていましたので、ここで取り上げてみようと思います。

 オープンデータというのは、「公共機関や企業などの持つ大量のデータを、誰でも簡単にアクセスができて編集も再配信もできる形で公開していく試み」で、こうしたデータを街づくりに生かそうという動きが全国的に広がりつつあるというのです。

 国や自治体のデータというと、普段は住民の目に触れないものも多いが、うまく使えば行政の透明性向上やコスト削減に加え、企業は商機に、住民には生活の利便性向上につながる可能性がある、としています。ただ、どんなデータがあり、何に使えるかはまだ手探りの状態。今後の研究次第で、データを仲立ちにした新しいコミュニティーが全国各地に生まれるかもしれないという大きな可能性を示唆しています。

 幸手市でもいろいろなデータがホームページで見られるようになっていますが、まだまだ、それをどう活用すると何ができるのか、という段階ではないものと思われます。
 前回の議会の一般質問で私は、市の広報に関する姿勢を質しましたが、世の中は数倍早い速度で、透明性、公開性を強めています。行政のみの「企画力」ではなく、まやかしの住民参加ではなく、しっかりとした先見性を持った行政が使い勝手の良い情報公開を行い、住民同士がしっかりとした議論で公開データを活用し、地域に必要な新しいサービスを創り出していく、そんな時代が始まっているようです。
 このような話しを見聞すると、私自身は時代についていくのは大変ながらも、ダイナミックな時代の転換期であることを痛切に感じ、若い人への期待とともに何だかワクワクしてしまいますね。皆さまはいかがでしょうか。

選挙運動のネット解禁、他人事に非ず

2013.02.26

アイコン

なりすまし?中傷?巻き込まれたくないですが・・・。

 23日の新聞によると「夏の参院選から選挙運動の手段に、インターネットが新たに加わる」ことが決まったようです。

 与野党協議の末、「ネット選挙解禁」と議論がまとまったとか。中傷や他人をかたった「なりすまし」など悪意のある行為の防止策は今後の課題だということですが、有権者がネットを使って「落選運動」をすることも考えられる状況の中で、「もろもろも悪意に対応できるのだろうか」と不安を隠せない国会議員もいるとか。

 私が一番怖いのは、候補者の「ゴースト」の存在です。米国大統領や日本の首相でも、わが町の市長だって、とりあえず、「スピーチ(ゴースト)ライター」はいます。すべて事前に原稿が用意されている。他人がシナリオを作って本人の器量以上に見せることはますます可能になりますよ。

 「選挙プランナー」という職業をご存知ですか?選挙をプランニングする仕事です。広告業界やIT業界では、ネット上の広告が増えるほか、ツイッターなどにあふれる情報を分析して政党や候補者に提供する「商売」が広がると見ています。情報分析のほかにもフェイスブックへの効果的な書き込み方などの指南もするとされる「選挙屋さん」の存在が大きくなっていくと、選挙民は一体”ダレ”を選ぶことになるのでしょうね。

 「ネット上のやりとりを通じて政治家が何を考えているのか見えてくるはず」とするネット解禁を進めてきた若者の意見もあるようです。後ろ向きにばかり考えて入れわけにはいきません。ネット解禁は取りあえず、アナログな私にとって「他人事」ではなくなりました。
 


 

立ち上がる「おやじ」と「おばちゃん」

2013.02.07

アイコン

本日の埼玉新聞「さきたま抄」より

 「おやじ」と「おばちゃん」が立ち上がった。こんな書き出しに興味を惹かれ記事を読んでみると・・・。

 この「おやじ」と「あばちゃん」とは、昨年結成されたというさいたま市のNPO法人「おやじりんく」と、大阪の「全日本おばちゃん党」という2つの団体の話しでした。

 「おやじりんく」とは発達障害の子を持つ父親たちが、子どもたちの将来の自立や就労支援を考えながら交流を図っているという団体です。さまざまな職業を持つ父親たちの技術や情報網を生かして、子どもたちのビジョンについて話し合い、ネット掲示板などを活用して千人以上の親たちと意見交換してきたそうで、愚痴ではなく解決策を探る「おやじパワー」に、母親たちの期待を集めているとか。子育てに、お父さんならではの素晴らしい関わり方ですよね。方や「おばちゃん党」は発症が大阪の団体。
 早速、ホームページに行ってみました。

「おやじりんく」のHP、合言葉は ”こどもたちはオヤジのチカラを待っている”。思わず「頑張って」とエールを送りたくなりますね。お父さんが子育てに関わるって、いいことですよね。男性も子育てに関わることで「お父さん」になれるんですから。
 でもでも、今の若いパパって「仕事も育児も」と求められて(それはママだってそうですけど)ホント大変ですね。子育て中のパパやママたちには、忙しいだろうけれど、親子の大切な時間を充分に過ごしてほしいと本当に思いますね。
 
 さてそして、もう一方の「おばちゃん党」のHP。おばちゃんの政治参加を促し、”おばちゃんの底上げ”を目指す団体だとかで、衆院選前に「全国おばちゃん党はっさく」なるものを作ったんだと。半分パロディ?もしかしたら衆院選を意識したメディアの意識操作?という書き込みもあったりして。
 いずれにせよ、関西出身の私が見てもですよ、「関西”風”ノリ」というか、ステレオタイプな関西のおばちゃん像というか・・・関西の女性はみんなあんなんとちゃいまっせと言いたい(笑)。

 折しも今、国会では「ネット選挙解禁の是非」に結論を出そうとしているようで。次の参院選から解禁を、という声もあるようです。橋下大阪市長などは「解禁になったらバンバン書きますよ」と発言しているとか。ある書き込みによるとフランスは「選挙の一週間前はメディアで政治報道が一切禁止されるそうです。
 どっちがいいのか。

 国会議員の先生、ちゃんと議論して結論出してや~。

 

 
 

 

これが法治国家、そして地方分権

2013.01.27

アイコン

地方公務員の駆け込み退職 埼玉の153人最多現象を考える

 先日来、話題となっているニュースです。国家公務員の退職金引き下げに合わせ、地方自治体職員の退職金引き下げを決めた自治体で、駆け込み退職が社会問題となっています。早期実現優先が裏目に出たという捉え方もあり、また、このような事態を回避した自治体もあり。この問題について少し考えてみたいと思います。

 そもそも、国家公務員の退職金が1月という中途半端な時期に引き下げられた理由は何だったのですか。今、この問題では国家で言うところの「末端」の地方自治体職員が及ぼす「悪影響」が取り沙汰されていますが、根幹の国家公務員ではこの制度が目的通りの効果をあげているのでしょうか。

 記事を詳しく見てみますと、退職を思いとどまった埼玉県の教員は、
「手当が減っても教員なら辞めないだろうという考え方が県にはあったのではないか。2月の実施は理不尽なやり方だ」と話しています。
また、自身の判断で引下げ開始時期を4月とした島根県知事は、
「国からは3月末までの実施を求められたが、駆け込み退職が予想されたため遅らせた」と説明しているということ。
岡山県は、「混乱が起きないような制度設計が必要」と年度内の実施を見送り、4月1日からとする方針を決定したことを記事は伝えています。

 そして、大学教授(行政学)の見解として、
「年度内の退職を選ぶかどうかは職員個人を責めるべきではない。早期退職が得になる制度をつくった政府や地方自治体こそ問題だ。国家公務員の退職金が1月に引き下げられ、地方自治体も早急に削減するよう求められていたのだろう。引き下げが歳出削減につながるのは確かだが、性急だった。政府や自治体は退職金の急減を避ける経過措置を設けるなどして、駆け込みの続出を防ぐべきだった」 と話しています。

 確かにどこも財政は厳しいのです。民間でも「労働・人件費」の在り方が揺れています。時代の波に抗うことはできないまでも、しかし、給与と言うのは人生そのものです。「人件費」は労働の対価としてだけでなく、遣りがいや生きがいなどをも含む、その人の生き様そのものへの対価です。人生の仕上げ期にこのような「ミソ」をつけてしまった今回の問題。
 早期退職に踏み切った方たちのいろいろな背景然り、まだ見えていない問題を孕んでいるかもしれませんから、まだまだ、この問題はもっと現象を深掘りする必要はありと思います。しかし、私たちが立って依るべき「法や制度」には、厳格さと共に人の尊厳を揺るがすことのない設計を求めたいですね。

 この問題で垣間見えたものとは、単に退職者の数の問題ではなく、法治国家の「法」そのものが巻き起こした問題であり、また、地方分権時代の地方自治体の制度設計のあり方や力量など、結構重たい問題だったように思います。結局「法」や「制度」はそこにいる人が作るものなのです。

 皆さまはいかがお考えでしょうか。

ページ移動