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写真で巡る長崎市❸

2022.10.16

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世界遺産軍艦島と夜のまち

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軍艦島は明治の遺構です。一時期は5000人の人がこの島に住み、海底の炭鉱から石炭を掘り出していました。昭和40年頃に閉炭。その遺構は恐ろしく朽ちかけていました。

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長崎ベイエリアの夜景です。お洒落なレストランで飲食ができます。2枚目の写真はベイエリアから見上げる稲佐山の電波塔。湾の上からも下からも美しく電飾された夜景が。

写真で巡る長崎市❷

2022.10.16

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大浦天主堂とグラバー邸

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大浦天主堂 天主堂から街を見つめるマリア像
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グラバー邸

♥大浦天主堂、写真の向きがまた横に。スミマセン。

♫あぁ~長崎ぃは今日も…暑かった~

2022.10.16

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報告 第84回全国都市問題会議in長崎に参加

去る13日、14日は上記研修会に参加するため長崎に行って来ました。関東を出るときは薄っすらと秋風が吹くようだったので少々厚手の服を持って行きましたが、長崎は久しぶりの好天に恵まれたようで。一泊前泊で行ったので街歩きは楽しめましたが、ピーカンの天気🌞で暑くて暑くて…。

ファイル 1753-1.jpeg ファイル 1753-2.jpeg と、そんなお天気はさて置いて、今回の研修を振り返りますと、日本中の行政がいろいろな事業を実施しながら「まちの個性」を磨いている。その実態を改めて垣間見ることができました。日本は広いです。そして、都市部、山間部、歴史、ロケーション、人材などなど、どれをとっても同じまちはありません。その中で、何を"個性"として磨くのか。
例えば、今回会場市となった長崎市は、❶県庁所在地❷地方の中核市❸出島、キリシタンなど、中世から幕末にかけての特異な歴史、明治以降の炭鉱開発や造船所などの近代化と栄枯盛衰など、時代は移り変われど多彩な歴史の舞台となった土地柄❹原爆被災地として平和の発信❺大陸や半島、台湾などと近いロケーション、などを土台として、今、新たに進めているのは❻西九州新幹線🚅の発着駅としての地方創生まちづくりです。
長崎市は長い歴史を振り返り、自分たちの強み=価値は"交流"だと気づいた。そして今、「昭和の観光都市」からの変化を遂げ、多様な目的で訪れる訪問客や事業者、市民が交流によって得られる成果を共に享受できる調和のとれた「選ばれる21世紀の交流都市」への進化を目指し交流の幅を広げようとしている、との長崎市長のお話しでした。

実際に長崎の町を巡ると、キラキラとした歴史と開発が、少ない平野と海辺に凝縮されています。高台に建つ住宅の灯りから海辺に向けて商業地やビルが立ち並び、また、様々な観光資源のライトアップも含め、街の灯りが凝縮された美しい夜景は世界の新3大夜景に選ばれたそうな。

資源の有り様は様々ですが、わがまちの価値に気づく=価値を見つける➡︎価値を磨く➡︎価値を生み出すというのはどこのまちにも通用するセオリーです。確かに、長崎市と同じことはできません。長崎市ほどの大きなプロジェクトなら専門家も大いに関心を持つでしょう。長崎市には景観専門監という役職に専門家を配し、あらゆる事業が景観専門監の視点で整理される仕組みとなっています。

幸手市の強み=価値=魅力は何か。よそのまちを見ても答えはなし。答えは市の中にあり。
幸手市は東京の衛星都市の一つでありながら、当時の"移住者"としては、「東京のベッドタウン」から外れてしまった現状は残念ですが、高速道路や直通電車などにより生活者としては世界のTOKYOは益々近くなっています。この強みは全国から見れば魅力です。そんな幸手市がもう一度、東京の衛星都市としての新しい価値を見出し、TOKYOにとって価値あるまちとなるには…。
それを考えるにはまず、幸手市を知ることから。幸手市を語るとき、少々自虐的に何もないと考えがちですが、そんなことはありません。必ずお宝はある。これからも微力ですが、ブログや議会報告を通して発信して参ります。お宝探しは皆んなで考えていくものです。皆さんの思いがあってこそ磨きもかけられる。主役は市民です。是非ともいろいろ議論をして参りましょう。

と鼻息荒く研修をまとめた後は観光です。街歩き。1日目は市電やタクシーを乗り継ぎグラバー邸や大浦天主堂などを巡り、2日目はフェリーで世界遺産の軍艦島に上陸してきました。グラバー邸や大浦天主堂は高校の修学旅行で訪れた懐かしい場所です。以下、何回かに分けて、写真で今の長崎市をご紹介いたします。ご堪能ください。
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市電が残る中心部。奥の黒い建物は文明堂本店です。
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駅前開発と停車している新幹線かもめ

♥蛇足ながら。全国都市問題会議とは、全国市長会が主催する研修会で、市長の他、市議会議員にも参加が呼びかけられています。参加は自由で、毎年、約2000人の参加者を受け入れるため、会場市となる条件は2000人の宿泊と飲食を充し、さらに2000人が一同に会せる施設があること。そうすると自ずと会場市に手を挙げられる市は、県庁所在地、政令指定都市、観光産業が活発な中核都市などに限られることとなり、市民の皆さまの中には"研修とは名ばかりの物見遊山かい"と思われがちです。確かに観光などをする空き時間もあります。がしかし、議員が見聞を広げる機会とご理解いただけたらと思う次第です。なお、往復の交通費や宿泊費は政務活動費の対象となりますが、飲食やお土産、現地での活動に関わる費用は自己負担です。ちなみに、幸手市では年12万円の政務活動費が各議員に交付されています。私の場合は年2回、会派の活動報告を発行するとほぼ12万円を使ってしまうため、今回のような視察は全額自費となります。また、年間で使わなかった政務活動費は市に戻すことになっていますので議員の手元に残ることはありません。

幸手市の近年の歴史

2021.06.20
号でお知らせした資料、他表表紙等をラインナップ

市政施行30年のあゆみは秘書課の発行です。文化遺産だよりは社会教育課。ともにHPにも掲載されています。
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未来からの宿題 格闘中

2021.06.20

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人口問題を考える

今議会で人口問題を取り上げました。人口問題は今、私が一番関心を持っている問題であり、全ての課題は人口問題に続くと言っても過言でないくらい、人口が自治体や国の運営に与える影響、インパクトは大きいと私は思っています。人口問題は未来からの宿題です。このところ、毎日この宿題と格闘しています。その中で、戦後から高度経済成長期の幸手市の沿革が簡潔明瞭に分かりやすくまとめられた資料を入手しました。今日は、皆さまにこの資料の一端をご紹介したいと思います。

幸手の昭和50年から昭和61年?市施行までの12年間の軌跡? 」。平成28年当時の民具資料館(現郷土資料館)が企画展示のためにまとめたものです。その一部を転機いたします。

1.都市化する幸手市
~都市化への期待と苦悩、そして市政施行へ~
?日本社会の変化と町の行財政
日本にとって昭和50年は太平洋戦争終結後30年の節目を迎える年でした。昭和49年には戦後はじめてのマイナス成長となり、日本の経済不況が深刻化して成長にも陰りが見え始めます。昭和40年代に見られた右肩上がりの高度成長路線はここで安定成長と福祉向上路線への転換を迫られるようになります。
第一次石油ショック後の狂乱物価による異常なインフレなどの影響を受け、金融面では公定歩合の引き上げによる引き締め対策が行われていきます。こうした経済状況の変化は幸手町の財政面にも打撃を与えていきますが、急激な人口増加による都市化にも対応しなければならず、町政運営は日増しに厳しくなっていきました。
町が抱える課題や問題点など実情を率直に町民に知らせ理解を深めようという動きが「広報さって」で見られるようになります。昭和51年8月から昭和52年9月までの広報さってに特集記事「町がいま抱えている問題点」を12回にわたって連載し、多角化する自治問題を町民と共有しようとしたのです。
財政面では人口の急増に伴う義務教育施設の建設が当面の課題で、建設費や用地取得費を確保するために借入金は増大していきます。ー
こうした都市化の課題を近隣自治体も同様に抱え、自治体の財政危機がマスコミを賑わすようになったのもこの時代の特徴です」

以下、
?急増する人口問題の光と影
①様々な社会問題
②賑わう公民館と盛んになる社会教育
2.市制施行への道を歩む幸手市
?想定外の挫折
?困難を乗り越えて

と続きます。
興味深い題目と構成です。「そうだ、そうだった」と当時を偲ばれる方も多いかも知れませんね。私はこの資料に書かれた今とは真逆な人口増加期にも苦労があったことが偲ばれ勇気づけられました。そして、あの頃に苦労して作られた施設がこれから終活を迎える中、環境変化に寂しさを覚えたり、痛みを感じることもあるかも知れませんが、しかし、いつの時代も波は来る。実は変化は同時に新しい時代の到来を意味します。前号でお伝えした横山光造や渋沢栄一も大波どころどはない大変化の中で挫折や環境を超えて前を向いてあゆんだ。

私もこの宿題に取り組む中で、当初は悲観的に捉えていた人口問題を、時代性を取り込みながら前向きに考える課題だと感じるようになりました。激変は ですが、まちの縮小は嘆くのではなく、どうしたらより心地よい地域や生活となるか、皆んなで知恵を集めてソフトランディングさせる。そして、将来の幸手市民に持続可能なまちを残すと考える方が前向きに歩めます。
幸手市の次のステージは断捨離力、取捨選択力、知恵、協働の力が問われる局面です。私は議員になる前も人と人とのネットワークづくりを私の地域活動の原点としてきました。私はこの問題は行政任せではなく、生きがいとライフワークをかけて取り組みたいと思っています。しかし、机上の空論では意味は無し。皆さまのいろいろなご意見をいただきながら取り組み続けたいと思っています。皆さまには今後ともよろしくお願いいたします。

♥ところがです。威勢のよい意気込みとは裏腹に、毎日数時間パソコンに向かうことで目を酷使するせいか、目がクシュクシュし霞んで堪りません。これが最大の課題です

♥♥さて、歴史好きな皆さん。資料館ではこの他にもいろいろな情報紙、市史も発行されています。また、秘書課でもいろいろな発行物が紹介してもらえると思います。ご関心のある方はお問い合わせを。

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