![]()
寒風の中の庭仕事で一考
このところ、予算書のチェックやその他、いろいろな調べ物が続き、家の中での作業が多くなっていましたので、気分転換も含め、昨日は少し庭の手入れをしました。入力した情報や知識を咀嚼する時間として、作業から離れる時間はとても貴重です。いわゆる、「ねかせる」時間。熟成に必要な工程です。今日は日記のような、独り言のようなブログです。ご関心のある方にお読みいただければ幸いです。
さて、それにしても昨日の強風は半端ならず。春一番かと思いきや、実は関東地方の春一番は、今年は2月4日に吹いたと東京管区気象台がすでに発表していました。新聞を後読み、ザッと読みしているとこのような情報を見逃してしまいますね。調べてみると、今年の春一番は去年より18日早く、統計史上、最も早い発表だったようで。
しかし今、世界に目を転ずればウクライナ問題やコロナ禍など、春一番どころかとても大きく不穏な風が吹き荒れています。この先春は来るのか。どのような時代が訪れるのか。将来にどんな社会を残せるのか。不安と共に、私は国の防衛を語る知識はありませんが、話し合いの通じない多様性の中で絶対正義は無いということに気付かされます。
先日、小学3年生の孫の国語の教科書のお話しをしたかと思いますが、今、教育は大きな変革期を迎えています。一方的な知識の習得ではなく、与えられたテーマを「話し合い」、そのテーマの選定をも「話し合い」、結果を出す。このような“話し合いの論理性“を身につけた国民の育成に舵が切られているのです。
しかし、話し合いと言っても歴史も文化も違う人たちとの話し合いは簡単ではありません。社会には一筋縄ではいかない問題が重層的に重なり合っています。だからこそ、「誰のために」「なんのために」話し合うのか。その目的が重要です。
今の混沌は無秩序なのか、新しい秩序の生まれる前夜なのかも分かりませんが、ただ言えることは、武力による解決は絶対反対だということです。国際社会はどこかの国民を破滅に追い込む歴史を繰り返してはいけない。
♥伸ばす枝を間違えたら花は咲きません。また、一度に色とりどりの花を咲かせるには花の咲く道理と本質と土壌や環境への洞察が肝要です。様々に飛び交う情報。私たちがテレビやメディアで伝え聞く“見える情報“は表層に過ぎないと心得て。情報にはリークやバイヤスなど人為的な要素は付き物ですから。一面から見た情報は知識として活用すれどそれ以上に鵜呑みにしない。そもそも水面下の“本当の事実“や“思惑“とは秘めやかなもので、見えないのが常套です。
そのような環境下で、誤解を解きながら世界に色とりどりの花を咲かせるために必要なこと、ものは何か。これこそ新しい時代の秩序であり、それは強権や覇権ではなく、私は、33億人の一人ひとりの知恵と小さくても正しい判断と何を美しいと感じるかという感性だと思います。
♥♥私も一人の母として、祖母として、感性を鈍らせてはいけないなあと、昨日の寒風の中で、大小の草木の剪定をしながら、改めてそんなことに思いを馳せたひと時でした。
♥♥♥ここまでお読みくださった皆さまには、雑然とした稚拙な考察に最後までお付き合いありがとうございました。決して偉そうなことを申し上げるものではありません。皆さまのご意見等お聞かせいただければ幸いです。