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蕨採り

2014.04.14

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筍と言えば蕨でしょ

 今回、帰省中に私の実家に父の実家から朝掘りの筍が届きました。筍のシーズン到来。父が元気な頃は自分で掘りに行っていたのですが、今はそれもならず。今年は私の従弟が届けてくれました。

 早速、庭先で筍を湯がきます。筍を湯がく糠と薪と筍の匂いは私にとって”春の匂い”です。そして、筍と言えば蕨。父の実家の竹藪近くに太い蕨が出る場所があって、幼いころから父といっしょに必ずこの時期、採りに行きました。父の実家周辺は私の原風景でもあるのです。
 翌朝、父を説き伏せ?酸素ボンベを積んで蕨採りに。狙っていた太い蕨は少し時期が早くて今まさに土から出たばかり。後1週間遅ければという悔しさはありましたが、それでもなんとか片手一握り分持ち帰り、大満足(笑)。

 蕨は炭酸と熱湯で浸けて処理します。自宅に帰ってから浸けました。もらってきた筍といっしょに煮物にしようと思います。楽しみです~。
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 この写真は私が留守中、家人が送別会でもらってきた花束です。実家から戻ると花瓶に活けてありました。家人も転勤で色々忙しい最中に快く帰省をさせてくれたこと、有難いです。父や母、そして義父母が多くの皆さまに支えられて生活できていること、家人が多くの皆さまにお心遣いをいただいていること等々。色々な連鎖に感謝の気持ちでいっぱいです。本当に有難うございます。
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久しぶりの書き込みです

2014.04.14

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春、雑草との戦いが始まりました

 冬が過ぎ、いよいよ爛漫の春から初夏に向かう頃となりました。今年1月に肺炎で入院した父が3月に自宅に戻って一安心したのもつかの間。実家の庭木の選定や雑草取り、そして、家庭菜園の土づくり、種まきと、父がこれまで丹精込めてきた”外回り”の用事が忙しくなり、先週木曜日の夜から実家に戻っておりました。

 おかげさまで父はなんとか自分のことは自分でやってくれてはいますが、今年83歳になる母が父の世話、家事、炊事、そして外回りの用事を一人でこなしているのを放っておくわけにはいきません。腰が曲がり、腰痛を抱えながら黙々と頑張る母が少しでも助かるよう、また、父が今までやってきた「季節のお仕事」が滞りなく繰り返されるよう、十分なことはできなくても時を見て手伝いに帰っています。
 関東に来て30年。人生の半分以上離れて暮らしてきました。父や母と同様、奈良の義父母も2人で頑張ってくれています。転勤族の宿命とは言え、郷里を離れて暮らす親子が日本に多くいらっしゃることを考えると、高齢者問題は地域を超えた、日本の選んできた「生き方」の帰結と受け止めていかなければならないことを痛感します。今は、少しでも側にいられる時間を大切にしたいと思っています。

 さて、実家の庭の果樹たちと春の名残りの花たちです。花はハナニラとスイセンが咲いていました。昔は庭一面に球根類も植え替えていましたが、今は宿根草や花木が主流です。果樹は桃、李(すもも)、柿の他に夏みかんなどが植えられています。
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不在の間もご訪問ありがとうございました。また、いろいろなことを書き込んでまいりますので、引き続きご愛読のほどよろしくお願いいたします。

 

STAP細胞論文一考

2014.04.10

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小保方さん記者会見より

 難しいことは分かりません。しかし、いろいろ考え合わせて、現時点での自分の考え方をまとめてみたいと思います。

 まず、小保方さんには頑張ってほしいと思っています。国の威信をかけて研究する「権威ある研究者」が集まる学会や研究所で”リーダー”となるのは並々ならぬ努力と才能があられるからでしょう。今回の「つまずき」が若い科学者に与える影響を考えると、反論すべきは反論し、反省すべきは反省するという態度で最後まで臨んでほしいです。

 しかし、会見で気になったのは「研究は自己流」「不勉強で未熟」という言葉でした。謙虚さの表れとしたら、これは大事なことではあるのですが、海外の権威ある雑誌に投稿するのに「研究論文の書き方の流儀をわきまえていなかった」という事態は、本来回避されるべき問題ではないかという感想を禁じ得ません。

 確かに科学者は”孤独な戦い”の中で成果を求められるという側面はあるでしょう。しかし、”騒動”となる前に、是正の何かが働く仕組みはなかったのか。小保方さん個人の”未熟さ”故の騒動なのか、成果そのものに関わる問題なのか。よもや性差や嫉妬が根底に、ということはないと思いますが、動向を見守っていきたいと思います。

 一連の騒動の中で、小保方さんが必死に自分なりの責任を取ろうとされている姿に痛々しささえ感じますが、こと自分に引き寄せて考えてみると、市議会議員として「まだ3年」「未熟」「不勉強」を言い訳にする発想はやはり戒めなければならないと自戒しています。行政の何もかもに精通することは困難ですが、市の将来に責任ある判断ができるようこれからも精進していかなければと改めて思っています。

 また、今回の騒動で取り上げられた「画像の捏造」。今、幸手市議会では「議会基本条例」を作成中です。各会派で担当を決め、章条項の案を作成し、持ち寄った案を基に議論を進めていますが、なんと、既に策定したある市の条項をそっくりそのまま「コピペ」して案として提出する会派もあり。恥ずかしきかな。あきれるばかりの実態です…。

 なかなか見えにくい実態ですが、議員に何を求めるのか。19日の議会報告会では、皆さまから忌憚のないご意見を頂戴できたらと思っております。

※書き込みの一部訂正について  4月17日(松田)
 上記書き込みに不十分な点があり、議会全体に対して誤解を与える記述がああるとのご指摘がありました。「コピペ」についての記述です。多くの会派は自分たちで吟味した内容にてご提出されています。また、いろいろ模索しているうちに他の町村の条例を「参考」として提出された案があった場合も、「わが町の基本条例」として議員全員で充分な議論を尽くしておりますので、その点、ご理解賜りますようお願いいたします。関係のない会派の皆さまには大変ご迷惑をおかけいたしました。訂正してお詫びいたします。

 

異動の季節ですね

2014.03.31

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人事異動

 うららかな春の日差し…、を飛び越えて何だか暑いくらいのお天気ですね。車で移動するとジリジリと夏のような日差しに、UV対策もしないでうちを出たことを後悔、後悔…。

 さて、今日、役所に行きましたら、机の位置が異動したり、明日からの人事異動の引き継ぎなどで少し様子が違っていました。
人事異動の一端をご紹介しますと、
部長級では
坂齊圭一 市民生活部長と 
木曽一嘉 水道部長    の2名が新任となります。
また、課長級の異動は
百瀬 修 秘書室長     小曽根昌雄 会計課長   
服部道春 政策調整課長   金子 光夫 税務課長  
新島 浩 市民協働課長   柳下 桂司 防災安全課長
山下正行 人権推進課長   飯野 二郎 社会福祉課長
小林秀樹 農業振興課長   小川 伸朗 社会教育課長
石塚一昭 監査委員事務局長   となっています。
森 祥一長倉小学校長が教育委員会に出向されます。

 この他にも課長以下職員の異動、そして退職者の再任用などで、市のいろいろな行事や活動、窓口などで、今までと顔ぶれが変わりますのでしばらく勝手が違ってしまうでしょうが、よろしくお願いいたします。
 私たち議会でも事務局の職員が2名交代します。

 そして、組織体制では、今までの「くらし安全課」が「市民協働課」と「防災安全課」の2つに分かれます。そして、西口区画整理が本格化するのに伴い、「まちづくり事業課」」が南3丁目の事務所に移転します。

 今日は随分風が強いです。人事異動は役所だけでなく、4月は悲喜交々、優しい風も冷たい風も向かい風も追い風も、いろいろな風が吹きますね。そして、明日からは消費税増税です。1つ1つの出費は小さくても、1月、1年と金額が重なると、やっぱり家計には負担が重いですよ。私も先日、とりあえず、3か月から半年くらいの日用品を少々買い込みました。
 いろいろありますが、新年度も元気に頑張ってまいりましょう。

早いもので今年度は議員として4年目を迎えることになりました。わが家にもいろいろな風は吹いていますが、皆さまのご支援を追い風に今年も頑張って参ります。

 
 

子どもを育てる環境一考

2014.03.21

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遺棄容疑 シッター逮捕

 本県富士見市のマンションの1室で預けられていた男児の遺体が見つかったというなんとも痛ましい事件について。

 この事件、「あり得ない」と捉えるか、「あり得る」と捉えるか。皆さまはどうお感じになりましたか。

 私はこの事件が報道された時は「あり得ない」と感じました。何故なら、まず、マッチングサイトなるインターネットサイトを通じて子どもを預けるということがすでに広く利用されているという現実に驚きを禁じ得ませんでした。
 たまたまトラブルなく利用したケースでは「無料で条件を絞り込めるサイトはありがたかった。サイトを利用するなら登録業者を見極める目が大事」「マッチングで相性などを確認している」と、預ける側の選球眼(自分の判断)の問題だという意見もあるようですが、ネット販売の粗悪品の見極めならいざ知らず、受け入れがたい感覚です。

 生まれた時からネット社会で過ごしてきた若者と、時代の遺物のような私とでは発想そのものが違うと言えばそこまでのことですが、しかし、そこまでして子どもを預けなければ働けない=生きていけない世の中自体を認めていいのかと、私は感じます。

 子どもたちをこのような悲しく不幸な事件に巻き込まないために何が必要なのか。待機児童問題で親のネットワークの代表を務める女性の、「訓練されていない他人に預けるのは危険だが、多くの需要がある以上、国が統一的な基準を設けるべきだ」との指摘が新聞に紹介されていましたが、そのような観点で法律を作るということは現在の親の働き方をまずは容認するのが前提ですよね。でもね、今のような働く若い人たちに過重な負担を負わせる今の親の働き方や子どもの環境を見直すことも検討が必要な気がするのですよね。そこからもう一度考えないといけない問題もあるように思うのですよね。

 国が法律を整備した頃には、さらにその範囲を超えた”無法”状態が生まれているでしょう。私たちの社会は法律の規制の先を行く事象にどこまで対応できるのか。
 同日の新聞に、政府の会議で「扶養控除の温存は女性の就労の阻害要因」として見直しの提起がある旨の記事がありました。確かに税制の時代性は見直しが必要かもしれません。しかし、今回の痛ましい事件と重ね合わせたとき、様々な制度の改正の折りに、専門家には、是非、「”子どもが育つ環境”への影響」についても忘れず議論していただきたい。

 世の中は、経済性や効率性追求型の人間だけで成り立っているのではありません。女性の社会進出とは別次元で、「母性」が守られる世の中であってほしいと思います。

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