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考察 教育無償化で実現すべきことは

2017.03.29

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人生の選択肢の多様性を担保するしくみとして

 昨日の朝日新聞に、憲法を改正して幼児から大学までの教育を無償化するという案が改憲項目として自民党内で浮上している、との記事がありました。改憲が必要か否かという観点とは別に、教育とは何かについて、このブログで改めて考えてみたいと思います。

 まず、私は憲法や教育の専門家ではありませんので、自分の人生を通して感じた”皮膚感覚”での考察となることをお許しいただき、こんな考え方もあるという一例として読んでいただければと思います。

 朝日新聞によると、改憲による無償化を正面から主張しているのは日本維新の会で、国会でも「憲法に規定し安定した制度として実現を」と訴え、安倍首相も「傾聴に値する」と応じているということです。保護者の所得や地域などで大学進学率の格差が拡大している現実があり、改憲で無償化が実現すれば、経済的理由により進学を断念するケースは減り、多くの国民が歓迎するという計算が背景にあると。

 格差拡大の大きな原因の1つとして、欧州では教育費負担にも福祉国家的発想があるのに対し、東アジアでは学費は親が工面をするという社会的風土が強いことがあり、日本では高等教育費の家計による負担割合が5割以上と、欧州連合の公費負担約2割と比べて大きくなっているとする専門家の分析が紹介されています。

 憲法との関係では、現行憲法の26条が「すべての国民に、能力に応じてひとしく教育を受ける権利」を規定している現状、憲法を改正する必要はないとの意見もあるようです。私も改憲の是非はよく分かりませんが、しかし、憲法を変える前に、現状の”能力に応じてひとしく教育を受ける権利”について国民を巻き込んで深く考察してみる必要があるのではないかと感じます。
 ”能力”とは何か。”能力に応じる”とはどういうことか。”ひとしく”とは。そもそも”教育”とは。”ひとしく教育を受ける権利”とはどういうことか。などなど・・・。

 教育の無償化の目的として、「どんなに貧しい家庭に育っても進学できる日本」という将来像も語られているようです。確かに、幼児教育と義務教育の9年間、そして高等学校の3年間は等しく教育を受ける権利として無償化も必要ではないかと私も感じますが、「進学」が大学進学を指すのであれば、それは奨学金制度でも対応できるのではないかと思うのですが。
 確かに、一流の高等教育を受ける権利が迫害されたり、失われることは絶対にあってはならないことだと思いますし、技術革新の早さについて行くには高等教育での治験・知見の積み重ねが重要と思います。しかし、国が「教育の目的」として考えるべきは個々の「能力に応じる=能力開発」への寄与であり、最終学歴を大学卒とすることではないと思います。
 昨年、選挙年齢が18歳に下げられました。18歳は大人として扱われるようになったばかりです。私は、教育の無償化は高等学校まで。その後は自分の人生設計のなかで進学か就職かを選択をしていく。このような環境が大事ではないかと思います(ただし、いつでも誰にでも高等教育の門戸が開かれていること、社会人の学びの機会が多様に提供されていることは必須)。
 そのためには高等学校までの義務教育で一定の教養を身に着け、大学進学という選択肢以外に、日本の風土が育んできた伝統技術の伝承や日本のものづくりの多様性を支える職人集団の育成も範疇とする「機会の多様性」が高等学校卒業までの間に担保されるような教育システムが構築されるべきではないかと思うのですが。小学生や中学生、そして高校生が学校とは別に塾に通う姿や反対に基礎学力の取得に多くの労力と時間を費やしている現在の教育の在り方は今、変革の時期を迎えているのではないでしょうか。最近の「ニッポン賛美」型のTVに影響されすぎてますかね(笑)。

 しかし、日本のように四季折々の季節をめでることのできる国も世界では多くないでしょう。日本型のホスピタリティや技術が世界で賞賛されているのは事実だと思います。日本の風土を大切にできる日本人の育成が義務教育でしっかり担保され、高等学校では義務教育を基礎として本人の能力や特性にあわせた多様な専門性のある教育の機会が用意される。そして、18歳ではさらに高度な教育を受ける機会としての進学と、多様な就職の機会が用意されている。そんな未来図はいかがでしょう。

 そのために何より大事なのは最終学歴を賃金格差にしない雇用制度の確立です。私は高等学校卒業という学歴をもっと豊かに活用していくべきと考えます。大卒と高卒で初任給も、場合によっては昇給制度も、生涯賃金も違うという、「最終学歴での賃金格差」には本格的にメスを入れるべき時代になっているのでは。大学の予備校的高等学校の存在を包含するとしても、大卒と高卒の給与格差がなくなれば、もっといろいろな選択肢が広がるのではないでしょうか。

 最終学歴を大学卒とすることで、個人の持つ多様性にタガをはめてきたのが今までの教育です。先にも述べましたが、選挙年齢が18歳に下げられたことで18歳は大人として扱われるようになったばかりです。18歳を「大人」として扱うなら、18歳で人生の設計ができるくらいの知識や能力を持たせる教育を目指すべきです。
 
 今回の考察の結論としてこんなまとめと相成りました。
 ①18歳までの教育は無償化し、
 ②大学に進学する場合は奨学金制度で。
 ③最終学歴による賃金格差を解消し、人生の選択肢の多様性を担保。
 

 とにかく、これからは「多様性」です。ひとしい=平等の意味も再検証する。初めに述べましたが、「能力」「能力に応じる」「ひとしい」「ひとしい教育」とは何かを専門家を含め日本国民全体で考えていくことが必要ではないでしょうか。

 以上、私の”皮膚感覚”での発想で稚拙な考察をしてみました。いろいろな考え方があると思います。働き方改革や同一労働同一賃金を求める声も高まっています。さらに、総合学習の導入等、画一的教育からの脱皮が図られてきた教育の経緯もあります。さらに18歳選挙権付与で18歳の責任は変わりました。
 人生のセンパイである皆さまの目には、「教育の無償化」はどのように映っていますか。幼児から高等教育まですべてを無償にするならば、4兆円を超えるという財政シュミレーションだそうです。
 皆さまのお考えを是非、お聞かせいただけたらと思う次第であります。

いつも長文で申し訳ございません。

現状をキープ

2017.03.28

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普段通りの生活が送れる幸せ

 3月議会が終わり、昨日まで数日帰省をいたしておりました。ブログの更新ができず、訪れてくださる皆さまには申し訳ございませんでした。

 年に数回、母と義父母の現状を確認するため帰省をしています。顔色はどうか、食事を疎かにしていないか、食欲は衰えていないか、家の中に変化はないか、などなど、生活のペースに乱れがないかをいくつかのポイントで確かめます。今回の帰省では、現状がキープされていることを確認。ほっとして戻ってきました。

 帰省する度に思うのは介護保険制度の有難さです。皆さまの中にもご自身やお身内が介護保険を利用されている方もいらっしゃると思いますが、私のように遠距離で老親を見守る立場からは、とにかく母が人と話す機会、会う機会を与えていただけることが有難いと感じます。
 父が亡くなって数ヶ月してから母の介護認定を申請しました。父を失って独り暮らしとなった母の顔が数ヶ月でみるみる能面のように変化していったのを今更にぞっとしながら思い出します。

 昨日のニュースで、特別養護老人施設の入所が要介護3以上となったことで入所者が減少したと報じていました。専門家は「在宅介護への支援も併せて考えていかなければならない」と話していました。
 老老介護のたいへんさや遠距離介護、介護離職など、在宅介護を支えるしくみの構築が急がれますが、とにかく、生活に「困った」を感じたら、決して我慢しないで是非、市の高齢者窓口や地域包括支援センターにご相談をなさってください。いろいろなサービスをコーディネートすることで開く道もあるはずです。
 
 
 

 

豊洲問題の核心

2017.03.22

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片山善博・慶応大教授(元鳥取県知事) 都議会の検証違いを指摘

 昨日の埼玉新聞、豊洲問題に関する記事。東京都議会の調査特別委員会(百条委員会)の様子を伝えるとともに2名の識者の話が載っていました。

 1名は政治評論家の森田実氏で「オール無責任体制」を指摘
 石原慎太郎氏に関しては、自身を正当化し小池百合子知事に責任を転嫁した。小池知事は今後の方針を曖昧にし、都議選や住民投票で都民に判断させようとしているようにも見えるが、小池知事と、移転問題に関わってきた議会は、自ら泥をかぶって移転の是非を判断すべきだ。百条員会を通じて、都幹部も含めて都政はオール無責任体勢であることがにじみ出たとも言える、と。

 もう1名の片山氏。
 本来は豊洲移転の予算を認める際など手順を踏む段階で、都議会がきちんと検証すべき問題で、今になって百条委員会を開いても遅すぎる。都政を掌握していなかった石原氏を見逃してきた都議会がまず自問し、反省すべきだ。石原氏を刑事被告人扱いするのは間違い。追及に意味があるとすれば、豊洲が使えないという結果になった場合だが、最も責任が重いのは都議会ではないか、と。

 さらに、石原氏は小池知事に対し、「豊洲移転の延期を、議会にも諮らずに発表した。これが議会としてのメンツの問題があり、議会軽視の最たるものだ」と批判の矛先を向けたというのですが、メンツの問題ではなく、このような大きな案件を知事の一言で方向転換するという事自体が無謀だったのでは。
 ネズミ退治と称された都政改革を公約とされていた小池氏ですが、都知事選の勝利で万能感もあったのかなとの感想を持ちます。さらに、巷には次期都議選をにらんでのパフォーマンスとの受け止めもあるようですが、真実はいかに。政治は実現してなんぼかもしれませんが、「自分ファースト」な政治家を見極めるのは選挙民です。
 都民の皆さまには、政治の”パフォーマー”のなかの真実を見極めていただきたい。”寄らば大樹の陰”というサーファーにも要注意。真面目な政治家ほど、パフォーマンスやサーフはうまくないかもしれません。7月の都議選で都民の皆さまの選球眼が試されます。

 さて、幸手市に目を転じれば、前回ブログでお伝えしている「議員の報酬、市長等の給与改定」の例も然りです。
 監査委員の指摘⇒市長の諮問⇒審議会の答申⇒市長の議案上程⇒議会の議決という経緯の中で、それぞれの立場での判断は重要ポイントですが、最終的に議決をするのは議員であり議会です。どこにも責任転嫁はできません。


 

市長等の退職金の訂正

2017.03.21
先のブログで記載した市長等の退職金に誤記載がありました。訂正してお詫びいたします

 退職金として記載いたしました金額に関して、今回の改定後の4年間の給与の合計支給額を記載しておりました。改めて訂正しお詫び申し上げます。
 
 (訂正カ所)
 ちなみに改定後の特別職給与と退職手当(試算)は以下の通りです。
         給与(年額)     退職金(48か月)←誤
  市長  14,397,240円  57,588,960円
  副市長 12,475,320円  49,901,280円
  教育長 11,943,360円  47,773,440円 

     正 市長 16,074,240円
       副市長 8,357,832円
       教育長 7,620,912円

ちなみに、市長等の月額支給額や期末手当の月数はそれぞれの自治体で定めますが、退職金の月数は「一部退職金事務組合」に参加している市町村では同じ率で決まっているそうです。現在埼玉県では川口市、川越市、さいたま市、行田市などの市以外、幸手市も含め一部退職金事務組合に加盟しているという事であります。

議員報酬は市民付託の対価

2017.03.19

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議会最終日の採決で議員報酬改定 可決

 17日の議会最終日の議案採決では、全ての議案が賛成全員、または賛成多数で可決されました。会派先進は2つの議案に反対。議員報酬と市長、副市長、教育長の給与を増額改定する議案です。議案採決では中村議員、大平議員が反対討論をし、木村議員、武藤議員が賛成討論をしました。

 【採決結果】(敬称略)
 議案第1号 幸手市議会の議員の議員報酬及び費用弁償等に
       関する条例の一部を改正する条例
  反対:大山 大平 中村 松田
  賛成:小林(啓) 小河原 本田 宮杉 木村 小林(順) 藤沼
     青木 武藤  

 議案第2号 幸手市市長等の給与等に関する条例の一部を改正する条例
  反対:大平 中村 松田
  賛成:大山 小林(啓) 小河原 本田 宮杉 木村 小林(順)
     藤沼 青木 武藤

 討論の中で、「『幸手市特別職報酬等審議会』の答申は重い」ことを賛成の根拠とする論もありました。しかし、市長が審議会に諮問したのは、19年間審議会が開かれていないことを監査委員に指摘されたのが発端ですが、平成29年度予算編成方針で、市が厳しい財政運営であることを自らが語っている市長がなぜ、このタイミングで審議会開催を判断したのか。さらに、財政の厳しさに拍車をかけているのが、市長公約の「駅舎整備事業費」であることを考えると、監査の指摘と言えども市長が、自らを含む特別職の報酬や給与まで増額改定が必要と判断したことに、議員はまずは焦点を当てるべきです。

 また、このような議論では”議員多忙化論”が常套句的に語られるのですが、実は議員多忙化論とは議員の働き方の変化に対応する概念であり、社会情勢がどうであれ、全く働き方(例えば議会の開催日数など)に変化がないのに多忙化論を持ち出すのは筋が違うのです。幸手市議会の議員の働き方が従来と変わったかというと否、であります。
 そもそも議員報酬は市民の付託に応える議員活動の対価であり生活給ではありません。過去には議員が勝手にお手盛り的に報酬を上げていた時代がありました。それを改善するために第3者的立場として市民を代表する報酬審議会の設置が国の指導で義務付けられ、市長諮問→審議会答申→改定議案上程→議決の”格好”が確立。今回もその体裁は整っていますが、あくまで議案を上程するか否かは市長の、最終的に議決するか否かは議会の判断であり、慎重な審議や深慮が必要なのです。

 19年間諮問がされなかったことについてですが、過去の19年間には「第2の夕張」に転落するかという、市の財政状況等、歴代市長が勘案すべき幸手市の状況や事由があったなかで開きようもなかった。その経緯を知りながら19年間開かれていないことを指摘をした監査委員の真意、見識も私たちにはよく見えません(19年も開かれていないことに焦点はあてたが、その後は市長と審議会と議会の判断ということでしょうが)。
 さらに、今般招集された審議会の会議録には、最終判断では「改定に賛成」という立場の委員も、「個人的には」との枕詞を付けて改正に否定的な認識を示されており、十分な合意形成ができているとは思えない。それを金科玉条のごとく「審議会の答申は重い」というのは議員として、多角的検討をないがしろにする論議です。
 答申任せの時代は終わっています。だからこそ、幸手市議会基本条例では第17条2項に「報酬改定に当たっては様々な角度から調査、検討を行う」という条項を議会の総意として入れたのです。様々な角度からの検討や議論が尽くされたと思えない状況での報酬改定には賛成しえないというのが会派先進の立場です。

 さて、議員は薄給か高給かという点についてはいかがでしょう。今回の改定では期末手当の支給月数も0.15月増に改定されます。それらを合計すると議員の平成29年度以降の年額報酬は
 議長 7,114,620円 → 7,413,120円
 副議長6,282,600円 → 6・555・120円
 委員長6,010,920円 → 6,263,400円
 議員 5,824,140円 → 6,057,480円

 となります。この金額を高いと見るか安いとみるかは議論が分かれるかもしれません。だからこそ、様々な角度からの検討が必要なのですが、年間700万円~600万円の報酬は少なくとも生活ができないレベルではありません。他の自治体との対比ではなく、議員報酬は市民の皆さまからの付託に対する対価であり、幸手市民の税金から支払われていることを考え、幸手市民の合意・納得が得られるかどうかの議論が必要であったと感じています。

 そして、議案第2号の市長、副市長、教育長給与改定も、類似団体との対比で高いか安いかが審議会の主な議論と見受けました。市長始め3人の特別職には任期満了ごとに退職金が支払われます。ちなみに、退職金は月額給与が基本であり、支給金に対して約600万円~500万円が退職手当負担金として市民の税金で賄われます。
 ちなみに改定後の特別職給与と退職手当(試算)は以下の通りです。
         給与(年額)     退職金(48か月)
  市長  14,397,240円  57,588,960円
  副市長 12,475,320円  49,901,280円
  教育長 11,943,360円  47,773,440円 

※ 退職金の額に誤りがありました。
  訂正してお詫び申し上げます。(3/21)
     正 市長 16,074,240円
       副市長 8,357,832円
       教育長 7,620,912円
 加えて、もう1つ重要なことは、昨年12月議会で市議会議員や市長等の期末手当の支給月数が、増改定されたばかりだということです。年に2度も報酬が改定されるというのは通常の会社ではありえないのでは。

 審議会答申を「隠れ蓑」的に議会での十分な議論もなく、さらに年に2度もの「お手盛り的」報酬改定が市民に理解されるか。皆さまにはまずは改定に賛成した理由をお身近な議員に問うてみてください。

 

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